J’ai été voir les films sur Pina Bausch. La projection était dans le cycle d’un événement “Films de danse 2009-2010 / Femmes chorégraphes” à Beaubourg, programmé avec une documentaire qui s’appelait “Un jour Pina a demandé”, réalisé par Chantal Akerman en 1983, et puis sa création filmé en 1984, “Barbe Bleu”, qui était une adaptation de l’Opéra de Bartók.
第一木曜の夜、毎月一人女性振付家を特集して行われている、ポンピドゥーセンターの映画会に行ってきました。今月は去年になくなったドイツ人、ピナ・バウシュの特集で、ベルギー人の女性監督シャンタル・アケルマンが撮った、1977年から1983年までに制作されたピナの代表的な作品を発表した、1983年の夏のフェスティバルたち、追跡5週間のドキュメンタリーと、1984年に制作された、バルトークのオペラ曲をつかった作品映画、「青髭」との二本立てでした。
さすがにパリでは大人気のピナ先生。たとえば、テアトル・ドゥ・ラ・ビルで発表されるとき、彼女のチケットはすぐに売り切れるので、年間予約者でさえ、特別の条件~年間のほかの3作品を同時に予約すること~をみたさないと前売りが買えない・・・という条件があるほど。。それでも売り切れるんですが・・
なので、今回の映画上映でさえ、そんなに小さくもないセンターの映画館が満席御礼でしたが、最初のドキュメンタリーが1時間、次の青髭が2時間弱と、ピナの作品の重厚さ、しつこさ(!?)を意識してなかった人には結構きつかったのか、最後の2時間で、退出者続出・・・
静かな作品だったのでちょっと落ち着かなくて残念でしたけど、彼女の作品は90年代以降のものしか見たことがなかったのでそれ以前のものをずっとみたいと思っていたことと、映画はどちらもすごく至近距離でとられているシーンが多く、実際のテアトルで見るのとは違う感動があったので、今回はかなりやったね、な感じでした!
何気ない生活の中の小さなしぐさ、対誰かのものなのか、自分の心の声が何気なく出たしぐさなのか、どんな人の生活の中でも、あ、これ、私もいつか現実で見たときドキッとした!という、普遍的だけどナイーブな動作を、グループの中で反復、増殖して形式化し、ひとつの忘れられないメロディーに昇華する彼女の方法・・・
衣装やシーン演出、音の使い方、踊り・・・彼女の選択すべてに絶対的な美があるからこそ、説得力を持って、リディキュール(ばかばかしいこと)とセリユー(真剣なこと)、大人性と幼児性、セクシーと未洗練とサージュ(賢さ)と悲しいことと楽しいこと、ちっぽけなこと、生きてること・・・すべてが一緒くたになって、リアリティーをもって迫ってきます。
今回の映画という媒体のおかげで、そのレンズから対象物までのヴィジュアル的、物理的な(毛穴、しみまでみえそうな)近さ、また、時間にそってカメラで追った、彼女のカンパニーの面々との距離の近さが、彼女の「つくる」ということへの作法を細やかに見せてくれ、それがあまりにも人間的で自然で美しく、その自然なエレメントから、作品にまで形成していく彼女の力強さ!・・・いろいろ感じるところがありました。
ドキュメンタリーの中で彼女は「あなたの未来は?」ときかれ、本気で「どうなるのか分からない、分かるわけがない」と答えていた彼女。でも(正確な表現は忘れましたが)、強くなりたい、たくさんの愛があればいい。世の中にはまだまだ不幸なことがあふれているのだから、彼女は作り続けなければならない、というようなことを言っていました。
まだ「春の祭典」など、超代表作は見たことがないのですが、次回見るときは、またいままでと違った目線でみれそうです。
音の使い方が絶妙です、「青髭」。シーンとしても美しいですが、音源としての落ち葉の使い方、感動的です。結局は、オペラの「青髭」自身がクライマックスとしているところ(あの名シーン、超盛り上がるところ!!)も、人間の処方においては「秋」、決して実らず、暮れていく秋、なんですね・・・バルトークのオペラを見たときはそれなりの盛り上がり、腐人間なりの盛り(それはそれなりに人間の愛すべき、ぬぐえない姿ですが・・・)を感じたのですが、それをピナバウシュは、ひっくるめて所詮「秋」だ、とおっしゃる・・・興味深いです・・(しかもこの作品、同題のオペラの音源で録音ものを、作品上でもこわれたレディオのように扱ってるんです・・・)すごくないですか?





